中世ギリシャ語 βόδι(ν)(牛、去勢牛)が現代まで受け継がれた継承語(κληρονομιά)。中世形は、ヘレニズム期 βοΐδιον(小さな牛、← 古代 βοῦς「牛」の指小形)が、中世期に発音 [v(ói)] を経て、母音連続の回避(αποφυγή της χασμωδίας)と二重母音化(διφθογγοποίηση), 半母音 [j] の脱落を経て βόδι(ν) に整えられた、複雑な音韻変化のすじみちを持つ。語末の -ν が脱落して現代の βόδι になった。
源にある古代の βοῦς(属格 βοός、牛、雄牛、雌牛)は、印欧祖語の「牛」を表す語根に由来し、サンスクリット gáu-, ラテン語 bōs(属格 bovis、← 英 bovine), 英語 cow, ドイツ語 Kuh と同族。地中海・印欧語の「牛」を表す最古層の語彙の一つで、農耕・畜産文化と深く結びつく語族。
古代以来の βοῦς からの派生語族は極めて広く、現代に継承される語族には βοοειδή(牛類、家畜のウシ、← βοῦς + εἶδος「種類」), βουκολικός(牧歌的な、← 古代 βουκόλος「牛飼い」、英 bucolic の語源), βούτυρο(バター、← βοῦς + τυρός「チーズ」, 文字どおり「牛のチーズ」、英 butter, 仏 beurre の語源), εκατόμβη(百頭の犠牲、← ἑκατόν「百」+ βοῦς、英 hecatomb), βοδινός(牛の、牛肉の、形容詞), βοδολάτρης(牛崇拝者、書きことば), βουστάσιο(牛舎), βοϊδάμαξα(牛車)が並ぶ。古代の最重要家畜が農耕・宗教・食文化のすべてに関わった結果、極めて多様な派生語族を残した語。
派生・関連語族として βόιδι(民間口語形), βόδινος / βοδινός(牛の、牛肉の), βοδάρα(大きな牛、増大形), βοδάκι(小さな牛、子牛、指小形), βοδίλα(牛臭さ、口語), βοδότομαρο(牛皮、罵倒語), βοϊδολάτης(牛飼い、書きことば), βοδίσιος(牛の、形容詞)。書きことばの派生では βόειος(牛の、← 古代 βόειος)が並走し、料理用語として「βόειο κρέας(牛肉)」, 専門語として「βόειος ταινία(条虫)」のように現代でも使われる。
牛の家族語彙体系では、上位概念の βοοειδή の下に、雌の αγελάδα(雌牛、乳牛), 去勢の βόδι(去勢牛、農耕用), 繁殖用の雄の ταύρος(雄牛), 子の μοσχάρι(子牛), 若年の δαμάλι(若い牛)が並び、性・年齢・用途で細かく言い分けられる体系が古代から維持されている。
比喩用法は活発で、太って粗野な人や愚鈍な人を「牛」と呼ぶ罵倒語、Κοιμάται σαν βόδι(牛のようによく眠る), Τρώει σαν βόδι(大食い), Τι με κοιτάς σαν βόδι;(何を間抜けな顔で見ているんだ)のような慣用句が頻出する。動物名を介した人間の身体・性格表現の典型例で、γαϊδούρι(ロバ), γουρούνι(豚), μοσχάρι(子牛)と同じ系列の畜産動物罵倒語の中核を成す。