中世ギリシャ語 *σκανθάριον(甲虫、← 古代 κάνθαρος「甲虫」+ -άριον 指小接尾辞 + 語頭 [s] 発達)が、子音同化([nθ > θθ])と二重子音単純化([θθ > θ])を経て現代の σκαθάρι になった、ギリシャ語の音韻変化の段階を多く含む継承語(κληρονομιά)。語頭の [s] は、定冠詞対格複数 τοὺς との続き発音 τοὺς κανθάρους から再分節([tus-ka > tuska > tus-ska])を経て発生したもので、現代ギリシャ語に共通の語頭子音発達のパターン(σκόνη, σπλάχνο と同類)。
源にある古代の κάνθαρος(属格 κανθάρου、甲虫、フンコロガシ、混酒器)は、印欧祖語に確実な対応が見出されない地中海・前ギリシャ語基層の語とする説が有力(Beekes)。古代ギリシャ語の κάνθαρος は、最初は甲虫を指す語だったが、形が似ていることから「混酒器(クラテール状の容器)」の意味も担うようになった、興味深い意味の二重展開を持つ語。アリストパネスの『平和』にはフンコロガシ(κάνθαρος)が登場し、コミカルな主人公の乗り物として描かれる。
ヘレニズム期形 κανθάριον(小さな甲虫、書きことば)が、中世期に *σκανθάριον として再形成され、さらに音韻簡略化を経て σκαθάρι となった経路は、ギリシャ語の音韻史の典型的な複数段階の変化を示す。書きことばの古典形 κάνθαρος は、現代ギリシャ語にも書きことば・専門語として並走しており、生物学・古典学の文脈で使われる。
派生・関連語族として σκαθαράκι(小さな甲虫、口語の指小形), σκαθαρίσιος(甲虫の、形容詞、書きことば), σκάνθαρος(甲虫、まれな書きことば形), κανθαρίδα(ツチハンミョウ、← 古代 κανθαρίς、書きことば、メロエ科の昆虫), σκαραβαίος(スカラベ、フンコロガシ、← 古代 σκαραβαῖος、書きことば、エジプト宗教の聖なる甲虫)。同じ甲虫類の領域には、種類別に χρυσοκάνθαρος(コガネムシ), σκαθάρι ρινόκερος(カブトムシ、サイカブト), λαμπυρίδα(ホタル)が並び、コウチュウ目の主要な昆虫の語彙体系を形成する。
近代の生物学命名では、ラテン語の Coleoptera(鞘翅目、甲虫目、← ギリシャ語 κολεός「鞘」+ πτερόν「翅」、リンネ命名)が国際分類学の正式な目名として使われる。κάνθαρος / cantharus を含む学名(属名)は、特に魚類分類学で活発で、Spondyliosoma cantharus(クロダイ科の魚、地中海・北東大西洋に分布)の種小名にも残る。
魚類用法では σκαθάρι は、地中海の Spondyliosoma cantharus(クロダイ科の魚、Black sea bream、和名「シマダイ」「クロダイ」近縁種)を指す。古代ギリシャ語にすでに κάνθαρος として魚名と虫名の両方の意味があり、現代まで継承された珍しい多義語の例。同じ魚科には σαργός(タイ), σπάρος(タイ), λυθρίνι(タイ), μελανούρι(イスズミ)が並ぶ。
近代の自動車用法では、フォルクスワーゲン・ビートル(Volkswagen Beetle, 1938 年製造開始)の丸みを帯びた車体が甲虫を連想させることから、σκαθάρι または σκαραβαίος の口語愛称として広まった。同じ命名は世界各語に共通で、英 Beetle, 仏 Coccinelle(テントウムシ), 西 Escarabajo(甲虫), 独 Käfer(甲虫)と、いずれも甲虫を意味する語が車の愛称になっている、20 世紀の自動車文化の国際的な共通命名パターン。