ヘレニズム期ギリシャ語 ἐλαιών(属格 ἐλαιῶνος、対格 ἐλαιῶνα、オリーブ畑、オリーブ園、← 古代 ἐλαία「オリーブの木」+ -ών 場所・集合名詞接尾辞)を、近代以降に書きことばから再導入した学術借用(λόγιο διαχρονικό δάνειο)。古典形の対格 -ῶνα を主格として固定したパラダイム再編を経て、現代ギリシャ語の ελαιώνας の形になった。
源にある古代の ἐλαία(オリーブの木、オリーブの実)は、印欧祖語に確実な対応が見出されない地中海・前ギリシャ語基層の語とされる説が有力。古代地中海のオリーブ栽培の中心地として、ギリシャの自然・経済・宗教文化の根幹をなす植物の名前で、語自体も古い系譜を持つ。同じ ἐλαία から派生した語族は現代まで広範に継承される:ελιά(オリーブの木、オリーブの実、口語形), ελαιόλαδο(オリーブ油、書きことばの正式名), λάδι(油、← ελνστ. ἐλᾴδιον「小さな油」の継承形), ελαιουργείο(搾油所), ελαιοτριβείο(オリーブの圧搾所), ελαιόκαρπος(オリーブの実、書きことば)が並ぶ、地中海農業の語彙の中核。
接尾辞 -ών(女性形 -ώνη)は、古代以来の生産的な造語要素で、植物・木材の集合・畑・園地を表す名詞をつくる。同じパターンで作られた語族には、ροδών / ροδώνας(バラ園、← ρόδο「バラ」), αμπελών / αμπελώνας(ぶどう園、← άμπελος「ぶどう」), ξυλώνας(木材置き場、← ξύλο「木」), μυρτών / μυρτώνας(ミルテの林), αγρώνας(畑、書きことば)が並ぶ、古代ギリシャ・ローマ農業の語彙の中核。新約聖書の Ἐλαιών / Ὄρος Ἐλαιῶν(オリーブ山、オリブ山、エルサレム郊外の聖地、キリストの祈りと昇天の地)は、現代ギリシャ語にも Όρος Ελαιών として継承され、キリスト教世界で重要な聖地名として知られる。
ラテン語経由の系譜では、ラテン語 olīva(オリーブの実), olīvum(オリーブ油), olīvētum(オリーブ畑)が並び、英語 olive, olive grove, フランス語 olive, oliveraie, スペイン語 olivo, olivar, イタリア語 oliva, oliveto として、地中海・西欧の「オリーブ」語彙の中核を形成する。古代ギリシャ語 ἐλαία とラテン語 olīva は、地中海地域の前ギリシャ語基層の語が、それぞれ独自の発達を経て両言語に取り入れられた、複雑な借用関係の中で並走する語族。
派生・関連語族として ελαιώνας(オリーブ畑、男性名詞), ελαιωνάκι(小さなオリーブ畑、口語の指小形), ελαιοκαλλιέργεια(オリーブ栽培), ελαιοπαραγωγή(オリーブ生産), ελαιοκομία(オリーブ栽培、書きことば), ελαιοκομικός(オリーブ栽培の、形容詞), ελαιόκλαδο(オリーブの枝), ελαιοκάμπος(オリーブの平野)。
ギリシャの農業・経済・文化において、オリーブとオリーブ油は最重要の農産物の一つで、地中海食(μεσογειακή διατροφή、ユネスコ無形文化遺産)の中核を成す。クレタ島、ペロポネソス半島、エーゲ海諸島、エペイロスなどがギリシャの主要なオリーブ生産地で、ελαιώνας は地理・経済・観光・文化の語彙として広く使われる。古代から近代までの 5,000 年以上にわたるオリーブ栽培の伝統が、現代ギリシャ語の ελαιώνας の語に深く刻まれている。
宗教・神話的には、オリーブの木はアテナ女神の聖木として、アテネの守護神アテナがポセイドンとアッティカの所有を争った神話で、アテナがアクロポリスにオリーブの木を植えたことが、アテナの守護を確立した有名な伝承(ヘロドトス『歴史』第 8 巻)の中核。オリンピックの優勝者の冠(ελαιοστέφανος), 平和の象徴の鳩のオリーブの枝、復活祭の祝福のオリーブの枝(ελαιόκλαδα του Πάσχα)など、ギリシャ・キリスト教文化の象徴的な語として位置づけられる。