中世ギリシャ語 ζέστη(暑さ、熱さ)が現代まで受け継がれた継承語(κληρονομιά)。中世形は、形容詞 ζεστός(熱い、温かい)の語幹に -η 抽象名詞接尾辞を付けた逆形成(αναδρομικός σχηματισμός)で作られた名詞。同じ系統に、動詞 ζεσταίνω(温める)から逆形成された ζέστα(熱、口語の異形)も並走するが、現代の標準形は ζέστη。
源にあるヘレニズム期 ζεστός(熱い、← 動詞 ζέω「沸騰する、煮える」の動詞形容詞)は、印欧祖語の「沸く、沸騰する」を表す語根に由来し、ラテン語 ius(汁、煮汁), サンスクリット yasati(沸く)と同族。古代の ζέω は「沸騰する、激しく動く」が原義で、ζεστός は「沸騰した、煮えた、熱い」を意味した。同じ語根からは現代ギリシャ語に ζεστός(温かい、熱い、形容詞), ζεσταίνω(温める、動詞), ζέσταμα(準備運動、加熱), ζεστασιά(暖かさ、口語), ζέσται(熱、書きことば), ζέστος(熱い、書きことば), アスιος ζέστος(暖かい)が並ぶ、温度・身体感覚の中核語族。
接尾辞 -η は、現代ギリシャ語の生産的な抽象名詞造語要素で、形容詞・動詞の語幹に付いて「〜であること、〜の状態」を表す抽象名詞をつくる。同じパターンで作られた語族には、κρύα(寒さ、← κρύος「冷たい」, 口語), κρυάδα(冷たさ、口語の異形), χλιαρότητα(ぬるさ、書きことば), ψυχρότητα(冷たさ、書きことば), ξηρασία(乾燥、書きことば)が並ぶ。
派生・関連語族として ζεστούλα(暖かい感じ、口語の指小形), ζεστάδα(暖かさ、口語), ζεσταίνω(温める、動詞), ζεσταμένος(温められた、過去分詞), ζέσταμα(準備運動、加熱), ζεστόσπιτο(温室、← 英 hot house の翻訳借用), καλοζεσταμένος(よく温まった), ξεζεσταίνομαι(涼む、汗を引かせる)。
書きことばの古典形 θερμότητα(熱、← 古代 θερμότης)が物理的・科学的な「熱」を中心義とするのに対し、口語の ζέστη は体感・気候の「暑さ」「熱さ」に焦点を当てる。同じ温度の領域には、対義語の κρύος(冷たい、寒い), 動詞 κρυώνω(凍える), 抽象名詞 κρύο(寒さ、冷たさ)が並び、暑さと寒さの対比が体系化されている。
意味の領域は、空気・場所・体・物が暑い感覚(αφόρητη ζέστη「耐えがたい暑さ」, γλυκιά ζέστη「心地よい暖かさ」, πολλή ζέστη「かなりの暑さ」, τρομερή ζέστη「ひどい暑さ」)から、暑い日が続く期間(οι ζέστες「暑い日々」, οι πρώτες ζέστες「初夏の暑さ」, έσφιξαν οι ζέστες「暑さが本格化した」)まで連続的に展開する。複数形 ζέστες は、夏の盛りの暑さや猛暑の日々をまとめて指す典型的な使い方。
ギリシャの夏の気候は、地中海性気候の特徴である「乾燥した暑さ」(ξηρή ζέστη)が中心で、最高気温が 35-40°C を超える日も珍しくない。ζέστη は気候・観光・健康・生活のあらゆる文脈で頻出する日常語で、Φυσιολογική ζέστη του καλοκαιριού(夏の自然な暑さ), Καύσωνας με αφόρητη ζέστη(耐えがたい暑さの熱波)のような表現が、気象予報・ニュース・日常会話に深く入り込んでいる。