中世ギリシャ語 ξινός(酸っぱい)が現代まで受け継がれた継承語(κληρονομιά)。中世形は、ヘレニズム期 *οξινός(古代 ὄξινος「酸っぱい、酢のような」, ← ὄξος「酢」+ -ινος 形容詞接尾辞)の語頭の無強勢母音 [o] が脱落(αποβολή)し、再分節(ανασυλλαβισμός [o-oksi > oksi > o-ksi])を経て ξινός の形に整えられた。語頭脱落は、定冠詞との続き発音 το οξινό > τοξινό > το ξινό のような連音の中で起こった現代ギリシャ語に共通する音韻変化のパターン。
源にある古代の ὄξος(酢、酸っぱい液体、酸味)は、印欧祖語の「鋭い、刺すような」を表す語根に由来し、ラテン語 acer(鋭い、激しい、← 英 acrid「辛辣な」, acrimony「辛辣さ」), ラテン acidus(酸っぱい、← 英 acid), サンスクリット akrá-(鋭い), 英語 edge(縁、刃)と関連する古層語。古代ギリシャ語の ὄξος は新約聖書のマタイ伝 27:48 でイエスが十字架で与えられた「すっぱいぶどう酒」の名前にもなり、地中海の食文化と宗教文化の中で深い意味を担った語。
書きことばの古典形 ξίδι(酢、← 古代 ὄξος の継承形)は現代ギリシャ語にも継承され、調理用語として広く使われる。同じ ὄξος から派生した語族には ξίδι(酢), ξιδάτος(酢漬けの), ξύδι(古い綴り), οξέως(鋭く、書きことば), οξύ(酸、化学用語), κιτρικό οξύ(クエン酸), οξυγόνο(酸素、← オキシ-、英 oxygen の語源), οξειδώνω(酸化する), οξύς(鋭い、急性の、書きことば)が並ぶ、化学・食品・医学の語彙の根幹を成す系譜。
味を表す基本語の体系では、γλυκός(甘い), πικρός(苦い), αλμυρός(塩辛い、しょっぱい)と並ぶ五つの基本味(最近の科学では旨味 ουμάμι を加えて六つ)の一つを担う。それぞれの中性形 το γλυκό, το πικρό, το ξινό, το αλμυρό は、味そのものを名詞として指す対の形をなしている。
派生・関連語族として ξινούτσικος(やや酸っぱい、口語の指小形容詞), υπόξινος(やや酸っぱい、書きことば), ξινίζω(酸っぱくなる、すえる、動詞), ξινισμένος(酸っぱくなった、過去分詞), ξινιστήρι(酸味料、ピクルス用容器、口語), ξινό(酸味、クエン酸、中性形が名詞化), ξινομυζήθρα(酸味のあるミジスラチーズ), ξινόμηλο(酸っぱいリンゴ), ξινόγαλο(バターミルク、酸乳), γλυκόξινος(甘酸っぱい、複合語), ξινολάχανο(ザワークラウト), ξινάδα(酸っぱさ、口語)。複数形 τα ξινά(柑橘類)は、レモンやオレンジのような酸味の強い果実の総称として広く使われる。
比喩用法では、人の表情・態度・人柄が「気難しい・不機嫌・とげのある」感じを表す広い領域があり、ξινή έκφραση(しかめた表情), ξινό ύφος(とげのある態度), ξινά μούτρα(むくれた顔)が頻出する。慣用句では μου βγαίνει κάτι ξινό(楽しかったはずのことが嫌な結末になる、つけが回る、文字どおり「何かが酸っぱく出る」), περσινά ξινά σταφύλια(去年の酸っぱいブドウ、もはや重要でない過去のこと)が、酸味の比喩を介して感情・運命・記憶を語る慣用表現の中核を成す。