中世ギリシャ語 βράχος(岩、大岩)が現代まで受け継がれた継承語(κληρονομιά)。中世形は、ヘレニズム期に中性名詞として使われた τὸ βράχος(岩)が、中世期に「大きく堂々としたもの」のイメージから増大形 -ος の男性名詞として再解釈(μετάπλαση)された結果。源にあるのは、古代ギリシャ語 βραχύς(短い、浅い)の中性複数形 τὰ βράχεα(浅い場所、浅瀬、浅い海の岩場)で、もとは「浅瀬」「浅い海中の岩場」を意味していた語が、地形としての「岩」へと意味の中心が移った経路を持つ。
源にある古代の βραχύς(短い、浅い、低い、簡潔な)は、印欧祖語の「短い、わずかな」を表す語根に由来し、ラテン語 brevis(短い、← 英 brief, abbreviate, brevity), ゴート語 ga-maurgjan(短くする)と同族。古代ギリシャ語の βραχύς からは現代まで広範な派生語族が継承され、βραχίονας(腕、もとは「短い肩」「上腕」、βραχιόλι も同源), βραχυχρόνιος(短時間の), βραχυγραφία(速記、← 英 stenography と同類), βραχύβιος(短命の), βραχυκύκλωμα(短絡、ショート、電気用語)が並ぶ、極めて生産的な造語要素。
意味の変化のすじみちは興味深い:古代の「浅い場所」(船にとって危険な浅瀬の岩礁)が、ビザンツ期の航海語彙の中で「岩礁、岩場」へと意味の中心が移り、さらに中世期に陸の「大きな岩」へと拡張された。海洋・地形の語彙が、古代の形容詞から具体的な岩石を指す名詞へと変化する、意味の物質化の典型例。
派生・関連語族として βράχια(複数形、岩場、岩礁、複数の岩), βραχάκι(小さな岩、口語の指小形), βραχούδι(書きことばの指小形), βραχοτέιχισμα(岩壁、書きことば), βραχόκηπος(ロックガーデン、岩石庭園), βραχονησίδα(小さな岩礁の島、書きことば), βραχώδης(岩の多い、岩がちの、形容詞), αναρρίχηση σε βράχο(ロッククライミング), βραχογράφημα(岩絵、考古学)。
同じ岩・石の領域には、書きことば寄りの λίθος(石、書きことば、専門語), 日常の πέτρα(石、岩、口語の中心語), 大きな塊の όγκος(塊、岩塊), 岩盤の κιμωλιόλιθος(石灰岩、← κιμωλία「白亜」+ λίθος)が並び、規模・用途・専門性で言い分けられる。βράχος は中規模から大規模の岩塊や岩壁を指し、特に地形として迫ってくる印象を持つ語として機能する。
地理学的には、ギリシャの代表的な「岩」として、アテネのアクロポリスの岩(ο βράχος της Ακρόπολης), メテオラの巨大岩塊(οι βράχοι των Μετεώρων), モネンヴァシアの岩(ο βράχος της Μονεμβασιάς), ザキントスの岩礁(οι βράχοι της Ζακύνθου)など、観光・歴史・地質の中核となる岩石地形が多数あり、ギリシャの自然・文化遺産の象徴として広く認識されている。
比喩用法は活発で、人について「圧力に負けない頑丈で揺るがない人」を「岩」と呼ぶ慣用が定着している(στάθηκε βράχος「岩のように踏みとどまった」, σαν βράχος「岩のように頑丈な」, ἐπὶ τῆς πέτρας ταύτης「この岩の上に」、マタイ伝 16:18 のキリストのペテロへの言葉と並ぶ宗教的比喩)。岩の不動・堅牢のイメージを介した精神的強さの表現が、自然と人格の関係を結ぶ慣用表現として機能する。