中世ギリシャ語 ταξίδι(旅、旅行)が現代まで受け継がれた継承語(κληρονομιά)。中世形は、ヘレニズム期ギリシャ語 ταξίδιον(軍事遠征、行軍、← 古代 τάξις「配列、隊列、編成」の指小形)を継承したもので、もとは「整然と配列された軍隊の動き」を意味していた語が、中世期に軍事的意味から離れて「旅、旅行」一般を指すようになる意味の変化を経た。「軍隊の隊列」が「人々の移動」へと意味の中心を移した、典型的な軍事語彙の世俗化の例。
源にある古代の τάξις(整列、配列、秩序、順序、隊列、軍編成、社会階級、税の評価)は、動詞 τάσσω(配置する、整列させる、定める)からの派生で、印欧祖語の「整える、置く」を表す語根に由来する。古代ギリシャ語の文献ではホメロス以来、軍事・行政・社会秩序の語彙の中核を成し、現代ギリシャ語の τάξη(クラス、学級、秩序、階級)として基本義の系譜は継承されている。同じ動詞 τάσσω から派生した語族には、τάγμα(連隊、修道会、命令), τάξη(クラス、秩序), σύνταξη(年金、構文、編集), παράταξη(陣営、政党), διάταξη(配置、命令、規定), ανατάσσω(再編する), ταξιδιώτης(旅行者)が並ぶ、極めて生産的な語族。
派生・関連語族として ταξιδιάρης(旅好きの、放浪する、形容詞), ταξιδιάρικος(旅心の、形容詞), ταξιδιώτης(旅行者、男性形), ταξιδιώτισσα(旅行者、女性形), ταξιδιωτικός(旅行の、形容詞、書きことば), ταξιδάκι(ちょっとした旅、小旅行、指小形), ταξιδεύω(旅をする、動詞)。
同じ「旅・移動」の領域には、宗教的目的の προσκύνημα(礼拝、聖地、巡礼地), 短期の出張・遠出の εκδρομή(遠足、ピクニック、近距離旅行), 観光の τουρισμός(観光、← 仏 tourisme), 探検の εξερεύνηση(探検), 移住の μετανάστευση(移住), 帰郷の επιστροφή(帰還)が並び、目的・期間・距離で言い分けられる。ταξίδι は最も中立的・包括的で、観光から出張、長旅、宇宙旅行、想像の旅、人生の比喩としての旅まで、極めて広い意味を担う中心語として機能する。
比喩用法では、戻らない旅として θάνατος(死)を婉曲に表す το τελευταίο ταξίδι(最後の旅), το μεγάλο ταξίδι(大いなる旅), ταξίδι χωρίς γυρισμό(帰らぬ旅)が定型化しており、生と死を「旅」のイメージで結ぶ慣用表現の系譜を持つ。挨拶では καλό ταξίδι!(よい旅を!), καλά ταξίδια!(よい航海を、船乗りへの挨拶)が、ταξίδι του μέλιτος(蜜月、新婚旅行、← 英 honeymoon の翻訳借用)が定番の表現として日常会話に深く入り込んでいる。現代では、幻覚剤によって意識が別の状態へ移ることを表す比喩用法(← 英 trip の意味展開を取り込んだ意味借用)も加わっている、概念領域が拡大し続ける語。